「がたい」、「にくい」、「かねる」、「づらい」の使い分けは何なのかという問題について、研究者たちはモダリティ、本質などの角度から分析を行っている。劉笑明(2006)は「づらい」、「がたい」、「かねる」を中心に三者の意・用法と話し手の情意及びその生成過程を分析した上、モダリティの角度から、話し手が三者を使うときの情意も分析した。その結果として、「づらい」形式には精神的苦痛と身体的苦痛との2種があリ、「づらい」によって表される困難さは話し手自ら感じられることであり、消極的な言い方である。「がたい」形式では心理的困難や抵抗を表し、述語には「言う」、「信じる」、「理解する」といった言葉がよく現れる。「かねる」形式では、行為の対象は具体的なことまたはものであり、その行為の遂行が不可能で心理的困難を表す。劉(2006)は三者の使い分けを分析したが、中国語との対照は言及していない。田中寛(2010)は「かねる」の本質を研究し、「かねる」はある事態が前提となっている以上、結果からさかのぼって言及することができないという事態を意すると述べた。「がたい」、「にくい」、「づらい」については全く論じていない。
以上挙げた研究は日本語の面からの比較研究であり、それに対し、中国語との対照を兼ねて分析する文献は比較的少ない。筆者が調べたところ、張瑩(2012)「にくい、づらい及其汉译的比较」と楊文(2010)「现代日语中的困难表述及汉语对译」と劉倩卿(2010)「中国人日本語学習者による母語転移現象--「可能表現」の習得を中心に」の3篇だけあったが、この三篇も主に「がたい」、「にくい」、「かねる」、「づらい」という四つの形式の接続と用法からの分析であり、中訳法は極めて簡単に述べられ、具体的な中日対照に関する説明も少ない。そこで、本稿では先行研究を踏まえた上、中日対訳コーパスから文学作品の翻訳例を収集し、中国語訳との対照を兼ね、この四つの形式の使い分けを明らかにしたいと思う。
2. 先行研究
「~しにくい」、「~しがたい」、「~しかねる」、「~しづらい」の使い分けをめぐる研究は多くの学者によって様々な立場から行われてきた。工藤(2000)は否定表現を二種類に分け、すなわち「ない」、「ぬ」、「まい」、「な」などの否定要素のついた表現を文法的否定形式、「不」、「無」、「非」など否定の接辞のついた表現及び「だめ」、「反対」、「やめる」など否定的な意の語をを語彙的否定形式と呼び分けている。語彙的否定形式は6種類あり、「~しかねる」、「~しがたい」、「~しにくい」、「~しづらい」はそのうちの困難系と呼ばれている。
田中(2010)は「かねる」の本質を研究し、「かねる」はある事態が前提となっている以上、結果からさかのぼって言及することができないという事態を意すると述べている。また、田中(2010)は「かねる」の本来の意を辿って,源^自#优尔/文-论/文]网[www.youerw.com、「かねる」判断が成立する条件を分析した。例えば、「承服しかねる」という時、目前に顕在する個別認識が頭にある普遍認識と重なる(兼ねる)時、結論としての不可能な事態とする判断が下される。
劉倩卿(2010)は「かねる」、「にくい」、「がたい」を有標の可能表現と呼び、「かねる」は事柄の実現に対して話し手が強い拒否態度を表し、つまり、話し手の願望によって、動作が実現できないという意であることを指摘しており、「かねる」を「願望可能」と称している。それに対し、「にくい」は外部の原因や対象の性質などの原因で動作の実現が困難であることを表し、「がたい」は動作主が実現させようとしても、その実現が極めて困難であることを表すとしている。「にくい」と「がたい」との区別について、両者とも認識可能であるが、「にくい」は外的な条件で決めるが、「がたい」は内的な表現で決める。また、劉(2010)は中日意による異同も分析した。「願望能力」を表す場合、中国語では、一般的に可能助動詞「会」で、「話し手の決心、意志、願望、承諾によって、事柄が実現する可能性がある」という意を表す。それに対して、日本語では、「~かねる」で、「願望能力」を表すが、動作の難易に対する判断に基づいて、事柄の実現する可能性を述べるのである。「~がたい」、「~にくい」など、事柄の難易によって、実現する可能性を判断するという意を表す表現は中国語で、普通の可能助動詞や可能補語で表されにくく、通常、「很难……」で表される。 以语料库为基础对がたい、にくい、づらい、かねる的区别分析(2):http://www.youerw.com/riyu/lunwen_50962.html