「妖怪の国」と呼ばれる日本は、およそ70%の妖怪のモデルは中国から伝承されたそうである。例えば、日本の天狗のモデルは、中国の『山海経』に記載してある犬怪である。さらに狐妖の玉藻前は、もともと中国の妲己で、日本に逃げてから名前を変わって日本の有名な妖怪になったと言われている。
このように日本の作家は中国の妖怪に日本文化の要素を注ぎ、日本ならではの斬新な妖怪文化が形成された。そのため、中日両国のさまざまな妖怪のイメージは似ているが異なる部分もある。しかも、中日の文献に記載される妖怪及び民間伝説の妖怪たちのなかには、大部分が女性の姿で現れるものである。
こうした非人間の女性に対する研究は少なくない。例えば、呉万貴は「『西遊記』の女性妖怪のイメージの分析」(2013)で女性妖怪の多情と人間性を指摘した。張更禎は「『捜神記』の女神、女性鬼、女怪のイメージ」(2009)の中で、この3種類の女性のイメージを分析し、美貌をもつ女神、女性鬼、女怪は、実にすべて男性の様々な思想と希望の担体だという結論を出した。張景は「世界の神話の女怪についての主題学研究」(2014)で中日の女怪を一つの全体像として、東アジアと西ヨーロッパの女怪のイメージの異同を分析した。
以上のような研究は、ほとんど中国の怪談文学の女性のイメージに対する研究で、中日の非人間の女性に関する対照研究はまだ少ないと思われる。それゆえに、本稿においては先行研究を踏まえながら、非人間の女性のひとつとしての女性妖怪(女怪)に注目し、中日女怪のイメージについて対照分析を行い、中日女怪の変容の歴史を調査し、そのイメージの異同を比較し、それがもたらす原因について中日両国各時代の経済、政治、環境要素から検討してみたい。
2.中日妖怪の起源と定義
まず、中日妖怪の起源と定義をそれぞれ説明する。妖怪の定義と起源について、古来様々にあるが、もっとも普遍的な意見として、「妖怪は、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在のことである」と言われる。
はるか昔、人が生きている環境は狭かった。昼も夜も、どこでも危険が隠れていた。人々は自然に未知なため、自然の不思議な力に畏敬の気持ちを持っていた。それによって、妖怪伝説が生まれる環境が生まれてきたのである。
簡単に言えば、妖怪は人間の心から生まれた物である。そのために、日本では、「妖怪は人間の信仰があったものだ」と信じている人が多い。例えば、漫画『夏目友人帳』の中に、「露神の祠」という話がある。露神は神様ではなく、何もない祠に住み着いた妖怪であった。雨が降らない村に雨が降れますようにと村人がお願いしたところ、翌日雨が降り、その祠を信仰する者が増え、露神自体も力をつけていったように見られる。しかし、時代が流れ信仰がなくなると、その分力も衰え、小さくなっていった。そして、最後の信仰者である花さんが亡くなると、露神自身も消えてしまった。
種類というと、井上円了は『妖怪学』、『妖怪学講義』などでそれぞれの妖怪についての考察を深め、妖怪を四種に分類した。正体が自然現象である「仮怪」、誤認や恐怖感などから生まれてくる妖怪を「誤怪」、人が人為的に生み出した妖怪を「偽怪」、そして現代の科学では解明できない妖怪を「真怪」と分類した。2006年、日本の文化人類学者、民俗学者の小松和彦は、改めて妖怪の概念を整理し、以下の三つの種類に分けた。それぞれは「おかしい現象からの妖怪」、「伝説と迷信の中の妖怪」、「芸術家に創作された妖怪」である。その「おかしい現象からの妖怪」の概念であれば、円了の定義とほぼ同じである。「伝説と迷信の中の妖怪」は、人間の恐怖から生まれたものである。そして絵や彫像などを通し、これらの妖怪を実体化したのが、「芸術家に創作された妖怪」の誕生である。文献综述 中日女怪形象的对比分析中日女怪のイメージの対照分析(2):http://www.youerw.com/riyu/lunwen_85315.html