2。 先行研究
本章は漢字文化圏や日韓漢字使用状況を対象とした先行研究を分析する。文献综述
漢字文化圏という概念は、古い時代からのものではなく、近代に日本の学者たちにより最初に言い出されら概念である。 『漢字講座』や、それを再編増補した『漢字百科事典』などには、中村完氏によって、それが河野六郎氏の手によるものであることが示され、その初出は、平凡社の『日本語の歴史』とのことである。その第2巻『文字とのめぐりあい』のなか、「東アジアにひろがった漢字文化圏の東方海上に、ぽっかりと浮かぶ日本語列島」という具合に、かなり目立つ形で「漢字文化圏」という語が提示されている。また本文のほうには、かなり詳しく漢字文化圏というものについて書いてある。しかし、鈴木真喜男氏の証言によると、1950年代に、河野六郎氏を含む漢字音研究グループの中で言い始められたものだということである。上に挙げた『日本語の歴史』も河野六郎氏を含む人々によって書かれたものである。従って、漢字という文字と同じように、漢字文化圏という概念も、誰か一人で一つの時点において言われだされたものではないことが分かる。
前にもご紹介したように、「東アジアにひろがった漢字文化圏の東方海上に、ぽっかりと浮かぶ日本語列島-それは漢字と異系の言語とがふれあう孤立した実験室にほかならなかった。そこで、漢字を溶融しながら、日本語はその新しい景観をくりひろげてゆく」 と、『日本語の歴史2文字とのめくりあい』を編集した諸学者は、漢字が日本語に対する甚大な影響について非常に高い評価を挙げた。『漢字文化圏の歴史と未来』には、「和文漢読」という言葉があった。清朝末期の中国で、梁啓超などによって言われたものである。西洋文明をいち早く取り入れて翻訳した日本語の文を、日本語がわからない中国語話者でも読める、ということが言われたのである。また、漢字文化圏の人々同士が会った際に、筆談で会話がなされると言うことはよく行われ、その際の記録が、数多く残っている。