みなみじゅうじ座の付近にコールサックという暗黒星雲があり、文中での「石炭袋」はこの星雲のことである。ほとんどの乗客はみなみじゅうじ座で汽車から降りていったが、カムパネルラは汽車から降りてはなく、石炭袋で消えていった。カムパネルラによって、石炭袋はとても美しい場所で、彼の母もそこにいる。しかし、ジョバンニには何も見えなかった。カムパネルラが石炭袋の中に自分の死んだ母を見たことと、ジョバンニが目覚めたあと聞いたカムパネルラの死亡によると、ここは死んだ人たちが帰る場所であることがわかった。
ジョバンニとカムパネルラは、どちらの名前もイタリア人の名前である。カムパネルラの名前は、イタリアの哲学者トマソ・カンパネッラの名前からとされる。彼は信仰が科学とは矛盾することに苦しみ、教会に反対し、人生の多くは獄中で送られた。彼の人生は学生時代の宮沢賢治に深い影響を与えた。そして、彼の幼年の名前はジョヴァンニ・ドメニコ・カンパネッラで、ジョバンニの名前の由来とも見える。ジョヴァンニこの名前自身も、キリスト教の聖人ヨハネにちなんだ。论文网
これらによると、『銀河鉄道の夜』には多くのキリスト教の思想が残っていることがわかった。
3。2。さそりの火
さそり座は文中もっとも丁寧に描写された星座で、一番大事な意象と言っても過言ではないのであろう。草下秀明の『宮澤賢治と星』の中にも、さそり座が宮沢賢治が一番好きだった星座と言われている。[3]
ギリシャ神話によると、この星座は猟師オリオンを刺し殺したさそりの姿と言われている。オリオンはいつも「自分が一番強い」と高言していた。女神ヘラ(ガイヤやレトの説もある)はそれを聞くと、彼の傲慢さに怒った。そしてオリオンを懲らしめるため、ヘラはさそりを山道に放ち、オリオンが山道を歩いているとき、さそりにオリオンを毒針で突き刺せた。オリオンが猛毒で息絶えたあと、さそりはオリオンを刺し殺した功によって空に架けられ、さそり座になった。
しかし、『銀河鉄道の夜』の中、さそり座には、宮沢賢治の想像によって、新しい物語を与えられた。原文は以下のとおりである。
そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。