太宰文学についての本格的な研究は太宰の心中自殺を機会として同時代の評論家が始めたものからである。当時は太宰の生涯とその作品との共通性を考察する研究が夥しい。その中でも一番古典的な著作は奥野健男の『太宰治』(1956、近代生活社)であり、奥野氏は太宰と同時代人で、雑誌に連載された『人間失格』のリアルタイムでの読者であった。奥野さんは『人間失格』は太宰の自転だと思った。この作品には太宰の自己意識を付けているので、主人公大庭葉蔵は太宰の本人だと思われてもいい。饗庭孝男は太宰の自殺とか重病とかの原因は、主に家庭トラブルであると思った。家庭は太宰の人生に巨大な影響を残すので、太宰の家庭観についての研究は意がある。
『人間失格』は、太宰治死の直前に書かれ、昭和23年「展望」6月号に「第一回」として、「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」が、同じく7月号に「第二回」として、「第三の手記 一」、8月号に「第三の手記 二」「あとがき」がそれぞれ掲載された。この長編主人公大庭葉蔵は、巧に太宰の青春像を描き、自画像であることから、太宰の青少年期の虚構化された自伝であるとされる。従って、ほかの登場人物の虚構化をも含めて、ここから太宰の実像を探り出すことはなかなか難しい。しかし、近代の作家で「家」を何らかの意合いにおいて描かなかった作家はいないといってもいいが、その「家」とのかかわりの中で、虚構という形態をとりつつも虚構足りえない、作品上事実性というようなものがかいま見られることも事実なのである。
私は偶然に、太宰について日本NHKの番組を見た後、太宰に非常に崇める。太宰の文風が好きで、彼の心中とか芸妓と付き合うこととか性格とか、すべてに興が深い。太宰の人生に研究点がたくさんいるので、これからの先行を上で、太宰の家庭観だけを追って言及していく。『人間失格』も私の心を感動したので、主人公は太宰によく合うと思って、この本を例に作文をしたほうがいいと考える。
二 親子関係
親子関係は、父母と子供間の関係である.源^自·优尔~文~论`文]网[www.youerw.com。子供の時に受けた教育は大人になっても相変わりずに、その当人に影響しつつけると思われる。毎人は、子供の時、円満な家庭を楽しむし、憧れる。優しい母親と親しい父親は子供の性格と心理に大きな影響をする。
1.1母性をおめる
子供の成長も性格形成も伴う要素の一つとされる「母」は太宰にとってとても無視できない存在である。実の母たねは1888年父親と結婚後、24年間に11人の子供を生まれた。母たねは多産の妻であったが、元来、小柄で体弱い体質である。年少での結婚、出産、まして多産は、たいへんだと思われる。まして、政治家としての夫を持つことで、たねの人の関係は想像以上に煩わしいらしい。そこで、子供に愛とか関心とか苦手だと思う。そのほか、太宰の兄弟が多いのに加えて、太宰も長男ではないから、親から重視をもらわない。母親が病身だったので、太宰治は母の乳を一滴も飲まず、生まれるとすぐ乳母に抱かれた。そのあと叔母の手に取って育てられた。そのために、太宰治の幼児期は、実の母を以外に、二人の女性も母親の役目を担当する。一つは叔母であり、そのほかの母は子供守りたけである。生みの母に疎遠され、叔母に可愛がられることから、自分は「不義の子」ではないかという妄想が出す。叔母はそばにいないため、太宰は本当に不安になった。太宰が泣いているのを聞いた叔母は「急いで立ち上がった」 。しかし、泣いている彼に臨み、母は焦燥に駆られていたのに対し、叔母は心配でたまらなかった。その態度は雲泥の別である。