まず、日本語母語話者の文法判断の規範を示すものとして、日本の文法書について、川口(2006)では、大正期から平成に至る主な文法書11冊の動詞とイ形容詞の丁寧形について調査し、イ形容詞の否定丁寧形は「~ありません」から「~ありません/ないです」へ、という変遷をたどる;動詞否定丁寧形は一貫して「~ません」形が規範とされてきたという結論が出てきた。そして、母語話者の規範を反映するものとしての日本語教科書や参考書に関して、小林(2005)は、「現在の日本語教育における述語否定形の扱いについては、原則として『ません』が提示されるが、イ形容詞には『ないです』が提示される」という傾向を提示した。论文网
しかし、近年いくつかの調査により、日本人母語話者による「~ないです」形の使用頻度が「~ません」形を上回っているという傾向が見られ、更に、日本語学習者の中でも、教科書で「~ません」形が規範として提出されているにもかかわらず、「~ないです」形を使用する人がかなりいるということから、日本人の言葉の「ゆれ」が日本語学習者に何らかの影響があると考えられ、しかも今後の「~ないです」への更なる移行傾向が予測できる。
本稿では、まず先行研究から、否定丁寧形の「ゆれ」を概観する。次に、日本人母語話者と中国人学習者を対象に、それぞれアンケート調査を実施し、日常会話での否定丁寧形の使用実態を明らかにし、日本語母語話者と学習者の調査結果を比較しながら、考察を述べる。最後に、今後の課題をまとめる。
2。先行研究と本研究の立場
2。1 先行研究
日常会話における否定丁寧形「~ません」と「~ないです」の「ゆれ」及び日本語教育との関連については、近年いくつかの論文により、量的調査が実施されてる。ここでは、先行研究の記述を取り上げ、以下のようにまとめる。
まず、田野村(1994)は『朝日新聞』の1989年から1992年までの4年分の記事を調査し、「ありません」7259例対「ないです」1584例という結果が出た。しかし、本人も述べているように、新聞用語の中で、丁寧体は話した言葉を文字化する時にしか使われていない。その場合、記事のほとんどはインタビューや座談会など正式な場面で、日常会話とは言えない。更に、元の言葉をそのまま記録し、文字化するとは限らない。そこで、野田(2004)は用例調査とアンケート調査両方とも行い、作られた話し言葉であるシナリオからの用例では「~ません」形の割合が高いが、自然談話になると、「~ないです」形の割合が約60%と報告した。また、小林(2005)は『名大会話コーパス』『女性のことば・職場編』『男性のことば・職場編』の資料を用い、日常会話における「ません」と「ないです」の使い分けを考察した。そして、品詞、後続要素、用法による使用傾向について、日常会話では「~ないです」形の使用が7割(67。7%)を占めること、引用節外では『~ないです』、引用節内では『~ません』という使い分けが見られることを明らかにした。川口(2006)では、文法書及び日本語教科書の検証によって、現代日本語の動詞否定丁寧形の規範はマセン形であることを確認し、大学生を対象としたアンケート調査を実施して日本語母語話者の半数が動詞の「~ないです」形を正用として捉えていたことから、動詞否定丁寧形には「ことばのゆれ」が存在することを見た。