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    それゆえ、夏目漱石の女性観を深く研究する必要があると思われる。表面的に「女性の声が拒否されているかどうか」という基準に基づいてこの作品を解読することは不十分で、作品の内部に隠された「女性の声」を取り出すことが大切だと思われる。

    従って、本論文は以下のように分けて分析を試みたいと思う。

    初めに、作品における女性像は漱石の内的経験の世界に潜む女性像の反映であるので、三四郎の恋の相手である美禰子を焦点として分析する。

    第二に、「言語」の面から作品の男女が使用している言葉を分析し、明治初期の「言文一致」運動との関わりを合わせて検討したい。

    第三に、「女性による創作」に着目し、『三四郎』に現れた女性による創作(以下「女性創作」とする)について考察する。「文」の面から作品内部に隠された女性の声を掘り出そうと思う。

    最後に、夏目漱石の女性観とそれが形成原因を解明したい。

    2、『三四郎』における女性像

    2.1新しい女――美禰子

    『三四郎』の登場人物の中で、里見美禰子は最も複雑で、最も個性的な女であると思われる。また、近代の色彩を帯びているため、あんな女は二十世紀でなければ、見ることの出来ぬ女であると小宮豊隆は評価している。作品で、「無意識の偽善者」、「新しい女」、「自意識の女」、「優美な露悪家」など、様々の言葉で表現され、美禰子のことが描写されている。しかし、美禰子は本当「自由」な女なのかについては疑問が残る。

    美禰子が「新しい女」と呼ばれるゆえんは何であろうか。まず近代女性としての教養とセンスにあふれ、男性に対して主体的な、より優位な態度を保とうとし、それらを支えるものとして漱石の言う「自己本位」な意識を持っていることが言えるだろうと川淵芙美は述べている。美禰子は英語が好きで、会話の中に「美しいきれいな発音」の英語を話し、高度な教育を受け、知的な女性として自信に満ちた言動をしている。美禰子は男性に対してかなり積極的に接触する。野々宮さんのポケットの女文字の手紙、ためらいなく三四郎に渡された名刺、菊人形の後三四郎あてに出された絵葉書などは、当時の女性として珍しく大胆な意思表現である。しかしそれらの行為がそのまま彼女の本心を表現し得るかどうかは疑問である。石原千秋(2010)も美禰子が自由に見えるが、実は「本郷文化圏」の男たちの間で「自由」に見えるように振る舞っていたにすぎないと述べている。

    確かにある程度は、新しい女であり、例えば、「里見美禰子」と印刷された(読者は三四郎と同じように「名刺」を見せられて初めて彼女の姓名を知る)空白のカードを持っているし、三四郎にもお金を貸す。しかし、新しい女に見えながら、最後には「金縁の眼鏡を掛けた」「色光沢の好い」「脊のすらりと高い細面の立派な人」と突然結婚してしまう。制度としての「商売結婚」に踏み切った美禰子と中山和子(1995)は評した。そういう完全に経済的に自立など獲得できない面で美禰子は不自由だと言える。

    2.2女性嫌悪の原因について

    作品の冒頭で、三四郎は東京へ来る汽車のなかで出会った職工の妻から奇怪なあしらいを受けた。その後、「女性は恐ろしい」という観念を抱いていく。

    「女は恐ろしいものだよ」と与次郎が言った。

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