2 自然崇拝の成因
2.1 形成の過程
自然崇拝というのは、自然現象、自然物に対する畏敬や崇拝の態度の総称である。日本文明は陸地から離れた島という特殊な環境に形成された。ゆえに、多くの他の民族と比べると、いかなる形での交流でも比較的に乏しいと思う。多かれ少なかれ中国文明のような別の系の文明から影響を受けても、自然に関して形成した崇拝文化の方から言うと、あまり直接ではない。したがって、アニミズム(あらゆる現象・事物に霊魂の存在を認める考え方。精霊崇拝。)のような原始信仰を保ち続けた。つまり、人間自身および自然万物は、日本人の信仰する対象として最適であった。そのように成長した日本人が自然の全てを単純に制御したがると考えなかった。自分の身が置かれる自然を大切に対処して、完全的に自然を征服ではなく、漸進的にありのままの環境に合うように努力する。言わば、自然とともに生きるという世界観が基礎的な理念となって日本人の人間生活を導いている。その基礎的な理念は自然崇拝こそである。
2.2 人間の考え方への影響
日本は季節風地帯に置け、自然の恵みが豊かな一方、天候は多様でその変わることが頻りである。日本人は自然の恩恵に恵まれると同時にそれらの気象的な災害に対して、自然になれるため、常にワンパターンの思考模式でワンパターンの行動模式ではいけない。したがって、自然を順応して、自然崇拝という信仰を持っている日本人は、そのような生存環境の中でも常に目の前に現れた矛盾の肝心なポイントがつかめる。そして、全面的な視点から、彼らが直面している問題点のあるがままの一切を分析して、不利点から有利点に転化できるような方法を探す能力がどんどん強くなっていく。そこでは、上述の内容がしっかり成立できるのも、フレキシブル(柔軟な。融通が利くさま)な思考が欠かないと思う。その柔軟な思考模式のもとに、優しい母であるとともに厳しい父であるような自然の中に成長した日本人が複雑な側面を呈するその自然を先生として学ぶことを行う。
自然を崇拝して、自然から影響を受けて色々を学んだ日本人は古代からのアニミズムの現象がいまだに残し続けるのであろうか。そのことを直接に表れているのは、現代日本語には、「ワンワン」、「ガラガラ」、まだ「そわそわ」、「ぐずぐず」などのオノマトペ(声喩・擬音語の総称)が多く存在することと思う。それに、昔から季節の移り変わりが強く感じられて、時代の流れに徐々に形成し続けてきた「夕涼み」などの慣習から見ても、古代から日本人の日常生活における心得、自然との多種多様な交渉は、現代のサイエンスの眼鏡で眺めても極に合理的である。自然を中心として、自然からもらった役に立つもの、まだは存在する価値があるものの伝播と継承の足跡が見つかる。
大自然を重んじる日本では、その自然の中の万物の特性を発見して、尊重して、それにそれらの特性を愛護して、自分の一部として同化して発揮するのも、日本人にとって普通でも大事なことと思われる。まだは、その能力をもって既に素晴らしい日本文化を作ったのも、日本人の得意分野と言っても過言ではないと思う。そこで、日本式の庭園を特有な例と見なして、日本人がその自然と調和したがる特性が窺える。庭園を造った天然材料と、本来自然に存在した一木一草を損なうことなしに住居して、すなわち、日本式の庭園が自然に馴染んだ構造から見れば、日本人はその自然に懐かれ、自然と同じ歩調をとることを楽しむのである。それらの行為から見ると、人間と自然とは有機の一体に結ぶという情念を深刻に感じる。