2 曖昧性--日本語の一大特色论文网

  曖昧とは何か。「曖昧」とは「はっきりしないこと。まぎらわしく、確かでないこと。」 であり、「手順が確立していなかったり規模がはっきりしていなかったりして、明確さを欠く様子。」 である。ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは欧米語と日本語を対照した後指摘したように、「ヨーロッパでは言葉の明瞭であることを求め、曖昧な言葉を避ける。日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっと重んぜられている。」有名な言語学者金田一春彦氏も『日本語の特質』の中で「日本語の表現というのは理論的でない。はっきりした表現を避ける。」と指摘している。言語学者江川清氏が言ったとおり、曖昧表現は日本語でコミュニケーションする時の一大特色である。異なる文化背景の人間にとって、言語文化の摩擦はまさにこの曖昧さを理解できないため生まれたものである。

  以上の解説に従えば、曖昧性が日本語の大きな特色であることはまず間違いないと思う。

3  曖昧語発生の原因

3。1  日本の閉鎖的環境の影響

  古代以来、日本は単一民族、単一言語、単一文化と称される国家である。日本人は農業を主とする比較的静かな生活を送って来た。周りを海に囲まれた環境の中で、山や島が多いため、村や漁村が小さな的社会になっている。このようなユニークな環境の中で生活する。日本人は昔から相互理解が深いのである。時にはちょっとした目つき、口ぶりの変化などでも意思伝達ができる。つまり、「顔をみていればわかることがある」 、更に「言葉なんていうのは、日本じゃいらないんですよ」 と指摘した言語学者さえもいる。コミュニケーションする時、言葉よりもまず「勘」や「腹芸」を働かせる。

  自然な地理環境は日本初期の社会構造を形成して、あいまいな文化風土を育んで、あいまいな民族性格を育成して、日本語の曖昧性を形成する。きっぱりとしたを避けて観点を言い表して、それで含んだあいまいな言葉を採用して、相手に恥ずかしくてたまらなくしないことによって、相手に余地があることを残している。婉曲な言葉は思想交流の重要な手段として、曖昧性を使用する社交言語は必然になる。

3。2  「過剰配慮」の言語心理

  日本人の「過剰配慮」は曖昧な表現方法の心理的なルーツであると思う。「過剰配慮」とは、人への配慮が度を過ぎたということである。日本人は人間関係に敏感で、コミュニケーションをする時、十分に相手の考え意向に配慮した上で自分の意見を発表することを基本的な原則とするようである。特に双方の意見と立場が食い違う時、相手の気持ちを損なわないように、往々にしてなんとか双方の不一致を希薄化するため、曖昧模糊の言い方をするのである。これで多くの場合日本人は「自己主張が弱い」ように見える結果となった。まさに鈴木孝夫氏が言ったように:「……問題は、自分を言葉で充分表現する意思の弱さ、それも相手の主張や気持ちとは一応独立して、自分は少なくともこう考えるという自己主張の弱さに原因の大半があるように思えてならない。」日本語の中の曖昧表現の多くはまさにこの聞き手への配慮を先行させる聞き手中心の言語心理に端を発したものと思う。

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